鳴門の渦はカルマン渦!?
Tidal eddy of Naruto is “Karman vortex”!?


  先日,徳島市内で開催された学会に出席するために徳島を訪れた.その際,久しぶりに鳴門の渦潮を見てきた.鳴門の渦潮といえば,確か小学校に入る前くらいに両親と見に行ったような微かな記憶があるきりである.観潮船に乗り,大鳴門橋を向こうに見る渦潮は雄大で,秋の穏やかな一日を存分に満喫できた.後の話とも関係するので,ここで簡単に観潮の様子について書いておく.

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  鳴門海峡は紀伊水道と瀬戸内海をつなぐ海域で,北東方向から淡路島の半島部が,南西方向からは四国の鳴門側の半島が突き出た地形となっている.両半島間の幅は約1.6 kmで,ここに本四連絡橋のひとつである大鳴門橋が架かっている.鳴門の渦潮は,潮の干満による鳴門海峡両側の潮位差で引き起こされる急な潮流によって生じる(らしい).実際のところ,この潮位差は1m以上にもなるという.したがって,潮の流れる向きは午前と午後で反転し, 1日に2度起きるいわゆる大潮の頃に渦潮が最もよく観察できるとのことである.筆者が訪れたのは午前11時頃だったので,このときの潮流は紀伊水道から瀬戸内海へ向かって流れていた.ちょうど大鳴門橋の下あたりに急流が生じ,その一帯のあちらこちらに大小さまざまな渦が,まるで,かつ消えかつ結ぶ泡沫のように生生流転を繰り返す.われわれを乗せた観潮船はその急流の中を勇猛果敢に突き進んでいく.数メートル規模の渦をそれこそ目の当たりにすることができる.船上での案内によると,これらの渦は長いものでも1分くらいで消えてしまうらしいが,実際に見ていてもだいたい数十秒くらいであった.

  さて,渦潮を見た後,本四架橋記念館を訪れたのだが,その際にちょっと気になることがあった.この記念館の一角にある渦潮のコーナーで「鳴門の渦はカルマン渦である」という内容の説明がされており,同じ場所にあの有名な済州島上空の雲の写真も展示されているのである.(さらに,記念館の後に訪れた「渦の道」という本四架橋上の遊歩道でも同様の館内アナウンスが流れていた.)しかしその一方で,すでに書いたように,渦潮の発生が紀伊水道と瀬戸内海の間でちょうどスロートのようになった鳴門海峡両側の潮位差で生じる急流によるとの説明もなされているのである.確かに「渦は流れの中の速度差ができる場所に発生する」という事実は流体力学の教えるところである.しかし,上記の2つの説明に矛盾を感じるのは筆者だけではないと思う.
 

図1. カルマンの渦列

  まずはカルマン渦であるが,カルマン渦とは,流れの中に物体がある場合に,その物体後方に生じる規則的な渦列のことをいう.この渦列は逆向きに回転する渦が千鳥状に交互に並ぶことで知られている(図1参照).済州島上空の雲の写真は,島内にある山の風下側にできた気流のつくる渦のこのような配置を示したものなのである.実際,身近に小川があるなら岸辺や橋の上から棒を流れに差し込んでみるといい.水面にきれいな渦の列が見えるはずである.あるいはもっと手軽に見るには,お風呂で湯舟につかって指を1本水面から突き出す.そして,その指を静かに横に動かしてみる.指の後ろにカルマンの渦列が見えるはずである.いずれにしても,カルマン渦の発生する流れの状態を模式的に描けば図2のようになる.すなわち,物体によって流れが堰きとめられるため,物体後方の中央部での流れは遅く,その両側で速くなる.そして,このような速度分布で発生した速度差によって2列の渦列が形成されるわけである.ちなみに,この渦列の名前は,渦のこのような千鳥配置が安定であることを理論的に示したテオドール・フォン・カルマンに由来する.
 

図2. カルマン渦の速度分布

鳴門海峡の海底地形の模型

   一方,鳴門の渦潮は,海峡に対面する2つの半島部で海が狭められたために,その部分で潮流が速くなったことによって発生する.確かに,鳴門海峡の海底地形の模型をみればこの点は納得できる.2つの海をつなぐ鳴門海峡がちょうど流路内のスロートのような形になっているのである.つまり,このような状況での潮流の分布は以下の図3のように,海峡中央部で速度が速く,半島付近では遅くなっているはずである.そして,この場合にも速度差が生じるのでそこに渦が発生することになる.しかし,前述したカルマン渦の発生する状況とは全く異なった流れであると考えるべきである.
 

図3. 鳴門の渦潮の速度分布(予想)

  筆者自身,鳴門の渦についてそれほど良く知っているわけではないが,観潮船からの印象と「渦の道」から鳥瞰した様子からすると,鳴門の渦潮はいわゆる「乱流ジェット」によって発生した局所的な渦と呼ぶのが最も適切ではないかと考えている.というのも,渦潮に関してはカルマン渦やせん断層のroll-upのようないわゆる大規模秩序構造として知られる流れ場とは本質的に異なっていると考えられるからである.もし,鳴門の渦がこのような大規模秩序構造であるなら,その中に観潮船が入っていったら渦に巻き込まれて転覆ということになりかねないだろう.観潮船が渦潮のまっただ中に突入できるのは,数メートル規模の渦がせいぜい30秒から1分程度で消失するからである.この事実からも上記の見解は裏付けられるのではないだろうか.

  いずれにしても,流体力学を知る者としては「鳴門の渦がカルマン渦である」という説明は大きな間違いを含んでおり誤解を招く恐れがあると思われるので今回指摘することにした.もし,ここに書いた内容に筆者の知識不足による誤解があるようなら読者諸賢からご指摘いただければと思う.
 

(2001年10月28日)

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