JCO核燃料加工施設の真の危険性

中村省一郎

オハイオ州立大学原子力・機械工学科 教授

19991019日/1999年10月28日改訂

専門家の目から見たJCO事故

 1017日,米国において放送されたNHKテレビの特別番組で伝えられたニュースから判断すると,日本のJCO核燃料加工施設において発生した原子力事故の本当の危険性がいまだ十分に理解されていないように思われる.

 今回の事故の原因は明らかである.それは,約18.8%に濃縮したウランの水溶液が沈殿槽に注がれたことで,沈殿槽内のU-235(訳者注:ウラン235.以下,U-235と略記.)の量が明らかに臨界質量を超えたからである.このことは,出力レベルを調節するためのいかなる制御システムももたない状態で沈殿槽が原子炉そのものになったということを意味する.もちろん,この「予期せぬ原子炉」にはその出力レベルや中性子数(中性子レベルと出力レベルは比例する)を測定する装置は何もついていなかった.そして,今回の事故は臨界事故というよりむしろ超臨界事故と呼ぶべきなのである.

 通常の原子炉では,制御棒を慎重に引き抜いていくか,あるいは,ごく少量ずつ燃料を加えていくことで臨界状態が達成される.このような手順を踏まず,緊急停止機構も働かないならばいずれ臨界を超えて超臨界に達することになる.

 実際の原子炉においては,まずきわめて低い出力レベルで臨界が達成される.その後,制御棒を慎重に調節しながら引き抜き,また,中性子レベルを監視しながら順次出力を上昇させる.このように出力レベル(あるいは中性子レベル)が上昇する状態を超臨界と呼んでいる.原子炉における臨界とは,中性子の連鎖反応(すなわち,出力レベル)を一定のレベルに維持できる状態をいうのである.

 原子炉が制御されていない場合には一瞬にして超臨界状態に達しうる.実際,このことはJCOの事故にも当てはまる.すなわち,沈殿槽内で連鎖反応が始まったのである.しかも,連鎖反応の速度が制御されていなかったため,反応速度は急速に上昇したのである.沈殿槽内の出力レベルが短時間(おそらく1秒の数分の1程度の時間)で非常な高いレベルに達したことは疑う余地がない.このことは,最後のバケツからウラン溶液が注がれているときに沈殿槽はすでに臨界点を超え超臨界状態に達していたことを意味している.加速しようとする連鎖反応を抑える働きをするのは,U-235の核分裂による熱で発生した蒸気泡のみであった.

 スウェーデンでの実験を記録したビデオテープからも以上の見解は確認できる.この実験で濃縮ウラン水溶液の反応槽を上部から撮った映像にも,青い閃光に続いて管内を上昇する乱れた水流と気泡が映っている.

 別の作用によって連鎖反応が抑えられることも可能だろう.そのような例として水の熱膨張がある.水の密度が小さくなるにつれて中性子漏れは多くなる.これによって連鎖反応の速度が減速することもある.しかしながら,詳細な解析を行わずに水の熱膨張だけで連鎖反応速度が小さくなるかどうかを決めることはできない.というのは,水の密度の減少そのものがときには連鎖反応を加速することもあるからである.こういう理由で熱膨張の効果だけで原子炉の暴走が食い止められるということを信じることはできない.

 沸騰はより強い効果がある.というのは,それにより水の密度が急激に減少し中性子が外部に逃げるため,連鎖反応は明らかに抑制されるからである.同時に,沸騰によって連鎖反応が長時間にわたって続いた理由を次のように説明することも可能である.気泡の上昇が終わると水の密度はほぼ正常な値にもどる.このとき超臨界状態に引きもどされ,出力レベルが再び急上昇する.異常を起こした原子炉では,この過程が繰り返されるので,ときおり音を立てて続く急激な沸騰を繰り返すことになろう.この音を立てる急激な沸騰を何度か繰り返した後,気泡の形成と出力レベルがともに平衡に達し,出力レベルが一定に保たれる.詳細は容器形状や管内にあるウラン235の量あるいは管の材質に依存する.なお,このような過渡的挙動はコンピュータ・シミュレーションによって比較的精度よく模擬することができる.

 重要な疑問として,出力がどのくらい高いレベルに達したかということがある.上述したような何度も繰り返された短期間の沸騰に先行して出力レベルはたやすく数メガ・ワット程度に達することになろう.平衡状態では連続的な沸騰によって出力レベルは数キロ・ワット程度である.

臨界事故は自然に終息するか?

 NHKの特別番組(1017日に米国で放映)によれば,政府や関係省庁は臨界事故は必ず自然に停止する性質のものであると述べていた.しかし,臨界事故がいつも自然に沈静化すると本当に考えているのであれば,それは大変な誤解である.

 確かに連鎖反応を自然に沈静化させうる機構が存在するのは事実である.それらは次のようなものである.(1)ウランの濃縮度が低い場合に生じる燃料棒の加熱(Doppler効果).ただし,これは19%濃度のU-235では効果はない.(2)温度上昇にともなう水の密度低下(負の温度係数)(3)気泡発生(負のボイド係数).しかし,これらの効果はつねに期待できるものではない.というのも,水や他の物質の密度変化は連鎖反応を加速することもありうるからである.出力レベルの上昇が連鎖反応速度を減速するかどうかは,いわゆる出力係数と呼ばれるパラメータによって示される.原子炉が正しく設計されている場合には,この出力係数は負の値になるように設定されている.しかし,「予期せぬ原子炉」が制御もされずに動き出した場合には,この出力係数は正になりうるのである.

 もし,連鎖反応を抑制する機構が自然に働かないとすれば,その原子炉は制御されることもなく,その出力は上昇し続け,ついには爆発することになる.制御されない原子炉が暴走した際の最も深刻な事態が原爆である.もちろん,JCOの事故で生じた「制御されない原子炉」が原爆にはならなかったのも事実である.それは,沸騰によって出力レベルが無制限に上昇し続けることを防いだからである.しかし,それは今回の事故がU-235の水溶液中で生じ,しかも,タンク上部が開放されていたため圧力の上昇が生じなかったことが幸いしたからなのである.

核燃料加工施設の作業員は意図せず原爆の製造が可能であることを十分に知っておくべきである.

 JCOの作業員たちに臨界に関する知識がほとんどなかったことは明らかである.つまり,彼らには原子炉に関する知識がなかったのである.そしてまた,彼らには高濃度の核燃料と原爆に関する知識もなかった.高濃度のU-235燃料があれば原爆を作るのは簡単なことである.実際,臨界質量以上の高濃度U-235粉末を一ヶ所に積み重ねるだけで超臨界状態に達するのである.(しかも,それはウランの化学的形態にはよらない.)粉末のU-235から生じた「制御されない原子炉」では,その出力レベルの上昇速度は水中での原子炉よりも桁違いに速い.

 原理的な話に限れば原爆を作るのはいとも簡単である.だから,実際に原爆を作る場合に難しいのは,いかに兵器として爆発力の強い装置を設計するか,さらに,いかに暴発を防ぎ指示したときに確実に爆発が起きるようにするかという点なのである.しかし,JCOの作業員たちがウランの混合粉末に自由に近づけるのだとしたら,それはまさに想像もしない原爆が彼らの手中にあるということになる.高速増殖炉「もんじゅ」で使われている全燃料のほんの一部ですらも深刻な高速増殖炉の超臨界事故を引き起こすのに十分な量であり,また原爆にもなりうるのである.ウラン粉末を意図せず集めた際に爆発が起きるかどうかは,その量や集めた形状にもよる.しかし,かなり高い確率で爆発が起きる.大規模な爆発が起こらないにしても,米国で「チャイナ・シンドローム」の名で呼ばれる炉心の溶融(meltdown) に近い現象が起きることになろう.

 したがって,気づかずに高濃度燃料粉末の入ったバケツ数個を積み重ねた結果,臨界質量を越すという極めて危険な事態になるおそれがあったし,その可能性はいまでも残っている.JCOがこの危険性をどのように考えているのか,そして,高濃度ウランが一ヶ所に置かれないようにどのような注意をしているのかについては何も報告されていない.この秘められた危険性についてもぜひ調査してほしい.

結び

 原子炉がきわめて安全に設計されているのは事実である.いかなる原子炉においても,予期せぬ状況から生じるすべての可能な原因を考えにいれて設計され,原子炉を停止させるために受動的および能動的制御機構が何重にも組み込まれている.また,原子炉の封じ込めを含めた安全システムは最悪のシナリオを想定したうえで設計されている.

 他方,万が一にも「予期せぬ原子炉」が発生した場合,それは制御不能であり,JCOの事故のように手に負えない事態になる.このように深刻な事態にもかかわらず,今回の事故では制御不能な超臨界状態が開放したタンク内の水溶液中で起きたことが不幸中の幸いであった.さもなければ事態はもっと深刻になっていたはずである.

 実際のところ,もし知識のない人々が濃縮ウランの加工を行ったならば,意図しなくても原爆が作り出される可能性がある.しかも,それが爆発を起こしたならば,結果的に今回の事故の何千倍も深刻な事態になるだろう.

 考えうるすべてのミスに対処できる加工施設であれば,今回のような事故を防ぐことは可能である.JCOの作業員はもとより燃料加工施設の近隣住民,そして,日本中の国民すべてが核燃料の加工に関連する危険性を正しく知ることもまた重要なことだと思う.


訳注:この資料は中村省一郎オハイオ州立大教授が作成した英文原稿を同氏の許可のもと坪井一洋@茨城大が訳したものであり,日本語訳に関する責任はすべて坪井が負うものである.