1. はじめに

  高空や山岳地帯を飛行する航空機やヘリコプタでは、大気中の水蒸気が 凝結することにより翼やロータに着氷が生じることが知られている。 この着氷の位置は翼型の前縁付近であるから、着氷による翼形状の変化は 空力特性に重大な影響を与える。 飛翔体で生じる着氷はその危険性から、着氷そのものを防止する方法 (anti-icing)や発生した氷塊を熱によって除去する方法(de-icing)等が 研究されすでに実用化されている(1)。

  一方、近年のエネルギ問題に関連して大型のWind-Turbineを利用した 風力発電が注目されている。この場合にも、山岳地帯や極地といった苛酷な 環境で稼働するTurbine翼には着氷が生じ、それによる出力の低下等の 問題が生じる。しかも、上記のような対策はほとんど取られない。 したがって、Wind-Turbineの設計では着氷した翼の特性、特に非圧縮性流れ に対する特性が重要な意味をもつことになる。 これまでも低温風洞等での実験が行なわれているが、自然の諸条件や 必要な条件を風洞内で実現することは容易ではない。

  このような背景から、われわれは風力タービンの性能予測に対する CFDの可能性を把握するための計算を実行した。 ここでは特に、着氷によって翼の形状が変化した場合の 空力特性へ及ぼす影響について調べた。

2. 計算モデル

  2次元非定常 Navier-Stokes 方程式を MAC法に基づいた圧力のPoisson 方程式を用いて計算する。また、今後は解析を振動翼へ拡張する必要がある ことから、移動境界問題に対応した方程式を採用した。すなわち、非定常項 は次式で置き換えられる(2)。

∂/∂t ― (uG)j∂/∂xj

ここで、(uG)i は格子の移動速度である。

  初期の計算には加速条件を用い、無次元時間 τ(=Ut/c) が 区間 (0,10] で一様な加速運動を行い、それ以後で一様な並進運動が実現する。 なお、chord長を基準とした Reynolds数は 1.7×105 である。 また、いくらかの予備計算の結果から、Δt=10-3 とした。

  計算格子は翼型NACA0012に対するO型の物体適合格子であり、 格子数は177×70(翼表面に176点)とした。 Figure 1に前縁付近の格子分布を示す。着氷の生じた前 縁形状は文献(3)で用いられた形状から数点を読み取り、 それらをspline補間することで表現した。また、翼 表面の格子は前縁、後縁および 25% chord 付近で密となるような分布を 与えた。
 

(a) Rime shape
(b) Glaze shape
Figure 1. Leading edge shapes and the grid distributions.

3. 計算結果

  計算によって得られた空力諸係数のうち、揚力係数 CL を Fig. 2 に示す。なお、ここで示す空力諸係数は前節で述べた加速の後、ある程度流れ場 が落ち着く時刻 τ = 15 から τ = 45 までの時間間隔内の平均値である。
 
  着氷のないNACA0012の翼型(以後、cleanと 呼ぶ)に対する計算結果を同図中に赤で示す。 また、揚力傾斜 0.1 を図中に直線(紫)で示した。 clean翼の対応する実験では、最大揚力は α = 12 ゜で CLmax=0.8 程度であり、今回の計算値(CL= 0.69)は13 % 程度過小に評価されている。 一方、失速角付近での揚力曲線は平坦になっており、ここでの 定性的挙動は実験結果を再現している(4)。

  さて、rime形状(Fig. 2 の青)では失速角付近でclean翼に 生じる平坦部が見られず、そのまま CL値は増加する。 その結果、α=12゜における揚力係数はclean翼より 12 % 程度 大きい CL=0.77であった。

  一方、同図中に緑で示したglaze形状では CL の挙動は clean翼とほとんど変わらないことがわかる。 なお、α=12゜における揚力係数は CL=0.69 であり、clean翼の場合と同程度であった。

Figure 2. Comparison of CL-α curve with the clean airfoil.

  空力諸係数を求めた時間間隔内で平均した流線を Figure. 3 に示した。 Glaze形状では前縁で流れは大きく剥がれ、翼上面には大規模な 循環領域が生じている。一方、Rime 形状では、clean 形状と同様に 前縁で剥離した流れが翼上面 40% chord 長付近で再付着している。 これは Figure. 1 からも明らかなように、 前縁で下向きに突出した氷によって前縁剥離が抑制された 結果(翼に camber があるのと同様の効果)と考えられる。
 

(a) Clean shape
(b) Rime shape
(c) Glaze shape
Figure 3. Time averaged streamlines for 3 shapes.



 
 
Figure 4. Polar curves for 3 shapes of leading edge.
  考えている3種の前縁形状に対する極曲線を描いたのが Figure 4 である。 図中の記号の意味は Figure 2と同じである。破線は CD=0.014 を示しており、clean翼の実験結果における α〜0゜近傍での抵抗係数値である。 ここでも、rime形状がclean翼より特性が良くなっていることが わかる。 α〜8゜までは、両者の CL および CD値は ほとんど変わらないが、α〜8゜での抵抗係数値は rime形状の方がclean翼より も小さくなっている。一方、glaze形状の場合には α〜8゜を過ぎるとCD値が極端に 大きくなり、clean翼の3倍程度の値をとることがわかる。

  今回、シミュレーションによって得た空力データから風力タービンの 効率(パワー係数)を算出した結果を Figure 5 に示す。横軸の"Tip Speed ratio" とは風速と周速度の比である。 図の曲線のピーク位置で稼働すれば最も効率が良い。

  図からわかるように、clean と rime ではほとんど違いはなく、むしろ rime の方が低速域での効率が良い。これはすでに示したように、大迎角 での CL 値が大きいことの反映である。

  一方、glaze の効率は他の形状の 2/3 程度である。 CL 値が clean と大差ないという結果を考えれば、 風力タービンの効率にとって CD 値が影響の大きな量で あることがわかる。


Figure 5. Tip Speed ratio vs Power coefficient.

4. まとめ

  着氷した翼型まわりの非圧縮性流れのシミュレーションを行ない、 着氷形状による翼の空力特性の相違を調べた。 一般的には着氷によって空力特性は低下すると考えられ、実際にglaze 形状ではそのような結果となった。 一方、rime形状ではその位置と形状によっては特性が改善されること がわかった。

  ただし、clean 翼での計算結果から判断する限り、 定量的な議論が可能な迎え角は6°程度まで、 定性的な議論では15°程度であろうと考えられる。 風力タービンで使用する迎え角はかなり広範囲に及ぶので、 シミュレーションによる性能予測の可能性については更に検討する必要がある。
 

参考文献

(1) Wright, W. B., Keith, T. G. and De Witt, K. J., ``Numerical Simulation of Icing, Deicing, and Shedding", AIAA-91-0665 (1991)

(2) Tsuboi, K., Tamura, T. and Kuwahara, K.,``Numerical Study for Vortex Induced Vibration of a Circular Cylinder in High-Reynolds-Number Flow", AIAA-89-0294 (1989)

(3) Potapczuk, M. G. and Gerhart, P. M., ``Progress in Development of a Navier- Stokes Solver for Evaluation of Iced Airfoil Performance", AIAA-85-0410 (1985)

(4) Eastman, N. J. and Sherman, A., ``Airfoil Section Characteristics as Affected by Variations of the Reynolds Number", T. R. No. 586, N. A. C. A., (1937)


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